みっちゃん読書

人生を1ミリ先に。

【ひとりで、考える】#5欲しいものを追わないことに有用性はあるのか

※【ひとりで、考える】シリーズは私が日頃感じたこと、考えたことをつらつらと書いたものです。特に意図はなく特定の何かを批評するためのものではありません。でも誰かの、少しの糧になれれば。

 

欲しいものについて、今あれば満足するものとして考えますが、お金、時間、友人、恋人、名誉など概ねそのようなことがすぐに思いつきます。お金があれば便利ですし、気の知れた友人、恋人がいれば毎日が楽しく寂しさも紛れます。名誉があれば他者から尊敬もされやすくなります。どれも魅力的で大勢の人が欲しくなりやすいものだと考えます。

 

私の欲しいものについて考えると、私のよく言う口癖に「楽しいことないかな」という言葉があります。楽しいこととは、ぼやっとしていて、具体的に説明することは難しいですがあまり経験したことない新鮮なことです。私が飽き性であることからそのようなことを好むのだと思います。

 

具体的でなく、経験したことのないものが好むので欲しいもの、ことを考えるときに大変苦労します。経験したことではないため基本的に想像できません。お金や、出世など具体的であればそのために努力すればいいのですが。そのため、とにかく家を出てどこかしらに出かけて何かを経験するようにするのですが大抵は日常的に時間が過ぎることが多いです。「あーあ。今日も休みが終わってしまった」と残念な気持ちに。

 

基本的に求めて行動しなければ、その欲しいものは手に入らず、中々手に入るものでもないので行動しつづけること自体に意味があるかと思います。しかし、その考え方の前提に行動しないことにメリットを感じていないのでそれについて考えることはありません。

 

そこで欲しいものを求めないメリットについて考えてみました。

 

欲しいものを求めないということは、欲しいものについてまず考えません。では、どうするようになるかと考えると、そうなると日常的にやらなければならない家事や仕事をこなすことに取り組むようになるのではないかと思います。夢などの未来的な思考が減ると、現在のより直近のやらなければならない家事や仕事に目がいくのではないでしょうか。人は考えないことは難しく常に何かについて考えていることが多いかと思いますが、将来に欲しいものや、やりたいことの未来の想像をやめると、今どうするのかを考えやすくなるように思います。欲しいものなどの理想にではなく、あまり目を向けたくない課題に目を向けれるようになります。そうなれば家事や仕事は進行しやすく直近の課題は解決しやすくなります。その課題が嫌でとりあえずダラダラしてしまうこともあるかもしれませんが、少なくとも課題について考える時間は多くなります。それは意外と大きなメリットで物事を現実的に考え、より効率的に行動できるようになると考えます。

 

効率的に生きることが良いとは思いませんが、現実的に取り組むことは嫌でも必要な時はあり、欲しいものについて考えない、つまり「夢を持たない」時間にはきちんとメリットもあるように感じます。

 

纏まらない文書で申し訳ありませんが、これが絶対いいということはなくそれぞれメリットがあり、状況によって最善の判断をしていく努力が必要なのだとしみじみ思いました。

 

以上です。

アクセスして頂きありがとうございます。